「あの人は」
夏休みまで、あとわずか。
カレンダーを眺めては、終業式の日までを指差し数えた、そんな夏の放課後。
ぼくたちはフェンスの向こうに咲く、季節はずれの薄紅色を見た。
通りかかりのお姉さんが、フェンスから伸びた、唯一の枝を見上げて「あれ」という。
それが欲しいんだ、と思ったぼくはフェンスによじ登り、友だちは黙って周囲を見張った。
手を伸ばし枝を折ったその時、友だちは「おい、」とぼくに声をかける。友だちの指差す先に、お姉さんが歩き去る背中が見えた。
「変なの」と友だちは言う。
「変だね」とぼくは言った。
そして、手の中で朽ち果てていく枝を、誰にも気がつかれないように、そっと投げ捨てた。
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